そして無になる。

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今回の記事は、以前書いた記事と同じように、
楽しい内容でもないし、明るい話でもありません。

ですので、追記にのみ書いていきます。

ご興味のある方のみ、読んで頂ければと思っています。

また、ブログ=日記っていう感じでもあるので、
私の思ったことを書こうかな・・・と。









さて、本題に入っていこうかと。


実は先日、末期の肺ガンだった父親が他界しました。

2017年1月18日、午後9時12分頃だったそうです。

享年73歳で、この世を去った父。


以前書いた記事で、昨年12月15日頃から、ずっと会っていませんでした。

理由は、父が自分でしたことを棚に上げて、私に対して色々と当たり散らしたからです。

私が12歳の時から父親を辞めた人なのに、末期がんになったからと言って、
急に父親に戻り、自分の為に息子なのにアレコレやってくれない!!
などと、文句を言われたくなかった。

そんな身勝手な人と会いたくない・・・なんて思ったのです。

まぁ、その前からも少しずつ私に対して、妙な対応をされていたのを、
我慢していたのですが、これ以上はお互いにとって良くないと判断し、
会うのをやめていたのです。

経緯や理由などを兄に話し、それからはずっと兄に対応を任せていました。

そして次に会うのは、他界してからでも構わないし、
そうなるだろうと思っていたのです。

ところが1月18日の早朝に兄から連絡があり、この日の夜が峠らしく、
看護師から息子さんなどに、会せておいた方が良いのでは?
と言われたとのことで、再婚相手の奥さんより連絡があったそうなのだ。

そうなると、さすがに仕事を休んで会いに行くことにしました。
いくらなんでもね・・・最後になるのかもと思ったら、会っておくべきかなと考えたのです。

兄と話を終えてから、すぐに用意をして、まずは私だけ行くことに。
以前から私だけで着て欲しいと言われていたので。

理由としては、私になら気を遣わないが、奥さん・孫となるとやはり気疲れするからだそうです。

ということでさっそく病院へ。

行ってみると、意識はあるものの、ちょっとぼんやりしているような父がベッドで寝ていました。

すると奥さんが・・・

『 息子さんが来てくれたよ! 』

と、父に話しかけると、私の姿を確認し、手を挙げました。

呼吸が苦しいとのことで酸素マスクをしているし、
話すのも苦しいようで、ジェスチャーで意思を伝えようとする父。

私が近づくと・・・

まず指を自分に向けました。

次に、指を2本、そして次に3本立てました。

最後に、指でバツを作る父。

恐らく意味的には・・・

俺は、あと2~3日でダメだと思う

ってことを、伝えたかったんだと思います。


この時点で、それまで抱えていた怒りなどは、失せていました。
本当に最後の時が近いと感じたからです。

奥さんがから話を聞くと、血中酸素が80%台まで低下してきているとのこと。

健常者で、大体97~96%程度らしく、94%くらいまで下がるだけでも、
かなり苦しいはず・・・。

その数値が80台まで下がるというのは、呼吸不全が起こっている数値らしく、
ネットで調べてみると、かなりヤバい感じだそうです。

そんな状態の父・・・。
でも、久しぶりに私を見たことで、色々と話したそうにして、
咳をしながらでも話そうとするのです。

苦しくなるから止めるように伝えるのですが、
やはり話好きな人なので、ついつい・・・っといった感じ。

さすがにヤバいと思ったので、席をはずそうかと思った所で、
父が予想外のことを頼んできました。

『 最後になると思うから、孫の顔を見せてくれないか?
 嫁さんと一緒に、連れてきてくれないか? 』


これだけ苦しそうにしているので、むしろ会いたくない・・・って言われると思っていたが、
最後になると思うから、会っておきたい・・・と。

まぁ、これが普通と言えば、普通の祖父の感情な気がしますが、
それまでこういったことを言われなかったので、ちょっと意外でした。

それでも本当は家族全員で会いたかった私は二つ返事で、
愛妻パンチと愛娘いちごを連れてくることに。







家族3人で病院へ戻ってきた時には、兄も来ていました。

で、さっそく孫を見せると、一生懸命話しかける父。

苦しいはずなのに、マスクを着けたままだと、
愛娘いちごが、じぃちゃんtだと判断できないと思ったらしく・・・

『 誰だかわかるか? 』

と、言いながら、酸素マスクを外す父。

ほんと今思えば、どんだけ苦しいことをやっていたのだろうか?
本当はかなりきつかったのではないだろうか・・・?

それでも、最後にじぃちゃんと認識して欲しかったのかもしれない。

愛娘いちごは、なかなか思ったような反応はしないものの、
泣くこともなく、最後にはバイバイも出来たので、良かったように思えた。

でも、さすがに長い時間を会うことは出来ず、10分会ったかどうかで退散。

その後、私だけ最後に父に会いにいってから、帰ろうとしたところ・・・

『 次、会えなかったらごめんな・・・。 』


と、謝られました。

本当に自分の体力にも自信が持てなくなっていたのかもしれませんね・・・。

その時間がおおよそ午後2時頃。

それから約7時間後に、奥さんより連絡があり、他界したとが知らされました。


夜だったので、愛妻パンチは愛娘いちごをお風呂に入れてくれていたので、
さすがに寒い冬の夜に、外出することは止めた方が良いと判断し、私だけ病院へ。

で、兄もこの時間まで私の家で、一応待機していたので、兄も病院へ・・・。


穏やかな顔で最後を迎えたようで、苦悶の表情などは一切ありませんでした。

父の最後に言った言葉が本当になり、次に会うことは出来ませんでした・・・。


それでも最後は全身がアチコチに痛みがあっただろうし、
呼吸が苦しくて、本当に辛かった日々が続いていたようでしたので、
その苦しみから解放された・・・と思って見送ってあげることが、良いんだろうな・・・
なんて思いました。


涙こそは、出ませんでしたが、本当にそれまであった怒りや憤りは、
完全に消えてましたね。


亡くなってしまった人のことを、いつまでも恨んでも、腹を立てても仕方ないですからね。

ただ、最後に会っている時・・・まだ数日は大丈夫な気がしたんですけどね・・・。
何が起こるか分かりませんよね・・・。


それでも本当に安らかな顔で旅立ったようで、本当に良かったかな・・・と。

最後まで咳で苦しんでいたのなら、本当に辛すぎますからね・・・。


そんな訳で1月19日にお通夜があり、20日に告別式と火葬がありました。
特に問題もなく終わりました。

家族葬って形を選んだので、本当に簡素な感じのお通夜に、告別式でした。

奥さんが、まだ父の死を受け入れることが出来ないとのことで、
出来るだけ簡素にしたいという希望があったらしく、本当に簡素なお式でした。


それでも故人をしのぶことが出来たなら、良かったかな? なんて思っています。


本当はもう少し怒らずに、会ってあげていた方が、良かったんでしょうね・・・。

そんなことも考えつつ、でも割り切れない感情などもあり、
仕方なかったことなのかな・・・? なんて思ってます 。


という訳で、バタバタしており、本日もアクセス返しはしないで寝ようかと(笑)
もう疲れているし、明日から仕事に行くことにしたので。

またこの続きに関してなどを、書く気になったら書くと思います(笑)

書かないかもしれないけどね・・・。


最後に・・・

父さん、本当に安らかに、休んでください。 母さんに宜しくね。




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